普通小学校でよかった!
我が家の長男ともぽんの描いた絵などを紹介するサイト「ともぽんの絵」よければ、観にいってみてください。
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中学からは、養護学校(今は、特別支援校)に決まったともぽん。
結局養護学校へ入れるのなら、
なぜ、小学校入学の時には、普通小学校にしたかといえば、
大きな集団の中で学ぶことが多いと思ったし、
学習面で、せめて足し算、引き算は、マスターしてほしいと思った。
このまま養護学校に入ってしまえば、
買い物をすることは上手になるけれど、
計算一つできない子になってしまうとそのときは、思った。
学習的な面をまったく指導してもらえない一生なんて可哀相過ぎる!
というのが当時の私の心境。
でもこれは間違い。
養護学校に入っても多分足し算、引き算はできるようになっただろう。
学習も指導してもらえていただろうと思う。
だから、結局、養護学校に入っていても、
普通小学校にしてもともぽんは、あまり変わらなかっただろう。
さて、普通小学校へ上がるのは決めたけど、
特殊学級にするか、
普通級にするか、
これも悩んだ。
いつまで普通級でいけるか分からないけれど、
せめて最初の1年だけでも、
普通級のお友達と机を並ばせてやりたいと思った。
※そうでなければ、この子は、1度も普通の授業を受けることなく人生を歩んでいくことになってしまう!※
と当時の私は、思っていた。
でも、なんてアホな考えだったろう。
今から考えると・・・・・・
でも、こんなアホな考えも、やっぱり親ならば思って当然だとも思う。
だから、今、普通級に我が子を上げたいと思う親御さんの気持ちはよく分かるし、
ぜひ、普通級に入れて上げてほしいと思う。
1度、普通級に子供を入れているからこそ、
後悔のない学校生活が送れたのだと思う。
すでに公文に通っていて、
ひらがなの読み書きのできていたこともあって、
普通級へ入れてくださいとお願いした。
1年目が終わった段階で、
クラスのお友達ともなかよくやっており、
授業にもやっとやっとだけど、
ついていっているようなので、
2年目も同じお友達、同じ先生ということで、
続けて、普通級に通うことになった。
※でも、これは間違った選択だったように思う。2年生に上がってしばらくしたら、もう授業についていけなくなってしまった。通級が同じ顔ぶれのうちに特殊学級に移籍しておいたほうがよかったかもしれない。※
結果、最初の2年を普通級に、
残り4年を特殊学級(情緒障害児教室)に通わせたることになった。
結論としては、
特殊学級か、普通級かの選択は、別にどちらでも大差なかったと思う。
ともぽんの場合、3年生からの特殊学級所属であるし、
最初から特殊学級でも大差なかったと思う。
しかし、最初から特殊学級だったら、
ともぽんが、3年で特殊学級へ上がるのと同時に新設された情緒障害児教室で、
過ごせなかったかもしれない。
だから、最初の2年間は、普通学級で過ごしてのち、
情緒障害児教室に入れたのは、ラッキーだっただろう。
※それとも、ともぽんともう1人の生徒を特殊学級のほうへ入れられないと判断されたか?※
また、地域とのつながりは、普通学校だったからこそだと思う。
児童会の行事への参加で、
地域の人々にともぽんのことをよく知ってもらえたと思う。
養護学校へ上がっていれば、
児童会の行事には参加できなかっただろうし、
地域の行事への参加は、し難かっただろうと思う。
児童会の行事で、行燈を持って練り歩いたり、
バスで色々なところへ行ったり、
ラジオ体操に参加したり、
ここに書ききれないぐらいたくさんの思い出がある。
みんないい子達や親御さん達ばかりで、
ともぽんが入ったからゲームに負けたと言われたこともない。
色々な行事でも、私がいなくても、
他の子のお母さんが見ていてくださったりした。
意思疎通の面倒な子を良くぞみていてくださった。
(案外、親の言うことは聞かないけど、他の人の言うことは、素直に従ったりして・・・)
これは、同じ学校で親子ともによく知っているからこそのことで、
もし違う学校だったら、ここまでの交流はできなかっただろう。
子供というものは、同じ学校のよく顔を見る子には、親切でも、
あまり見かけない違う学校の子供には、よそよそしいものだから。
村のお祭りとかには参加しづらかっただろうと思う。
児童会への参加行事としては、
あとは、地域の公民館で開かれる児童会主催、卒業記念式と雪祭りぐらいかなあ。
おい!いまさら、そんなこと言うかい!
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